目に見えない世界を描きたい絵描きがいた。誰かに届けばいい、それが願いだった。
狭い部屋の片隅に山積みのキャンバス、辺りには画材が乱雑に散乱する。
時を忘れ夜通し没頭し、寝る間も惜しみ筆を取る、胸の奥、冷めない夢を追う。
来る日も来る日もまた色を足して、吹雪の冬にも情熱を燃やして。
想像する100年後の未来、自分はもういない、だがどの時代も滅びない傑作を残したい。
いつか見た風景、夕べ見た流星、伝えきれない世界をあなたにも見せたい。
流行も風潮も気にせずに空想し、薄暗く錆付く部屋、夢中で描き続けた。
人々は彼の絵を無言で眺めながら、こんな絵は見たことない、そう鼻で笑った。
相変わらず金にはならなかった。朝から晩、働いても収入はささやかだ。
仕事帰りくたくたな体、貧しさの真っ只中、支えるのはがむしゃらな若さだ。
ポツリ、ポツリ、突然雨が降り出す。おい嘘だろまさか、彼は傘がなかった。
花屋の店先で雨宿りしていると傘が差し出された、それが彼女との出会いだ。
気高い百合のように雰囲気は優美で、なぜか懐かしいような甘い香りがした。
もしよければどうぞ、ハッと我に返り焦りだし、声に応じた。彼は恋に落ちた。
翌日、仕事帰り花屋に立ち寄った。よければと傘の礼に花の絵を渡すと、
彼女は彼の絵を無言で眺めながら、こんな絵は見たことない、キレイねと笑った。
二人は手を繋ぎ合い共に暮らし出した。
片隅で山積みのキャンバスは片付き、薄暗い部屋中に光が降り注ぐ。
まん丸い月の夜、風が透き通る。
窓辺には日替わりで花が飾られた。ささやかだが鮮やかで心が和らいだ。
些細ないさかいや仲違いやわだかまりもあったが、どんな時も傍らにはあなたがいた。
絵描きは変わらずにキャンバスと向き合った。彼女はそれを眺めるのが好きだった。
やはり貧しかったが互いを支え合い、金で買えないかけがえのない愛を育てた。
来月に控えていた彼女の誕生日、喜ばせる段取りを何通りも考えた。
金だ、金さえあれば。思い悩んだ末、流行や風潮に合わせた絵を描いた。
それを街に売りに行くと飛ぶように売れた。あっという間に評判となり称賛を浴びた。
個展を開かないかという相談まであった。冗談だろこの俺が?だが彼は浮かれた。
もう少しで楽に、その一心で必死に、無遅刻の仕事をやめ作品に打ち込むと、
会話の減った二人はすれ違う。寂しさを胸に抱く彼女は声を殺しむせび泣く。
そして彼女の誕生日と重なって絵描きの個展は大々的に開催された。
こんな絵は見たことない、人々は称えた。
これから先も期待しているともてはやされた。
帰り道、とても高価な宝石を買った。
これなら上出来だ、喜ぶ顔が浮かんだ。
部屋のドアを明けると彼女はいなかった。
置き手紙に一言、
こんな絵は見たくない。
どれくらい時間が過ぎ去ったろう、もう何も感じない。
心には空洞が空き、流行は去り、風潮は変わり、こんな絵には飽きたと、称えていた人々も離れていき廃れた。
散らかった部屋、閉めきった窓、あなたが傍らに飾った鮮やかな花は枯れた。
ただ重ねた無意味な月日、失意のどん底、何もかもを失ったが一つだけ残っていた。
孤独な筆を取る。灯るロウソクは細く、薄暗く錆付く部屋、夢中で描き続けた。
想像する100年後の未来、僕等はもういない、だがどの時代も滅びない傑作を残したい。
傘を貸してくれた雨の日を覚えていますか?くだらない些細ないさかいを覚えていますか?
金になんてならなくていい、絵描きが描いた絵は題名にあなたの名を付けた花だった。
数年後、絵描きは小さな個展を開いた。
時計を見たらもう遅い、今日も誰も来なかった。
裕福でも窮屈でもなかったが、こんな雨の日はなぜかいつも憂鬱だ。
十分さ、これでいい。自らに言い聞かし、片付けをしていると急にドアが開いた。
こんな絵は見たことない、キレイね。
なぜか懐かしいような甘い香りがした。
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